心理学やスピリチュアルな世界では、「世界は鏡である」とよく言われます。
自分の思考や行動が、自分の周りの人の言動や起こる出来事を通して映し出される、という意味で「世界は鏡である」と言われます。
わたしも占星術やその他の占術などに携わっている関係上、「自分の考え方が変わっただけで、あの人の態度が変わった!」といった、かなり不思議がかったレベルでの反映をいくつか垣間見てきましたし、自分自身の生活の中でも体感してきました。
ですので、「世界は鏡」であることはもう、当たり前のこととしてわたしの中にはインプットされていましたが。
自分の子どもと日々向き合っているいると、わたしはこの「世界は鏡」をよりしみじみと感じます。
この概念の最小単位は、母と子の関係だなあとも思います。
4月の前半、わたしの心はクタクタになっていました。
その経緯は省きますが、とにかくクタクタでした。
そしてちょっとしたことでイライラもしました。
すると、それを反映したように息子の2号くんもご機嫌ナナメなことが多かったのです。
離乳食をスムーズに食べようとしない(スプーンをつかんで口の中にいれたまま、なかなか出そうとしない)
そもそも食べることを嫌がる
お昼寝・夜の就寝前にうまく入眠できずにワーワー泣く
などなど。
夜泣きもずっと続いている状態だったので、昼間までご機嫌ナナメになられると、もうどうしていいか分からず、2号くんの前でポロポロと泣いたこともありました。
その心のクタクタは、夫とも時間をとって話をして、わたし自身が休める形を取ることでもう解消していますが、驚いたのはその後です。
クタクタを解消した直後から、2号くんは
離乳食時に手を出さなくなり、パクパクパクパク食べるようになる
食べることを嫌がるどころか、もっとくれと要求することすら出てきた
夜の入眠前に泣く時間が徐々に短くなり、泣き方もマイルドになった
と、大幅にご機嫌がよくなりました。
ここ数日では、夜の入眠前に泣くことすらほとんどなくなってきています。
クタクタ解消直後から明らかにガラッと改善したので、「本当に鏡だよ!鏡!」と何度も思いました。
そこでふとですね、2号くんの立場になって考えてもみたんです。
もしも、わたしがずーっと心がクタクタでイライラしていたとしたら、どう感じるだろうと。
そりゃ居心地悪いよね。
一緒にいると辛くなってくるよね。2号くんもイライラしちゃうかも。
それでも一緒にいないと今はまだ生きていけないから、そのうち感じないようにするために、心をシャットアウトしだすかもしれない。
それがこの子の世界との向き合い方のテンプレートになってしまったら。
……恐ろしすぎます。
母親である自分が自分の心を満たしていることは、とてもとても重要だと改めて思いました。
クタクタを解消していく過程の中で、2号くんの入眠を快適なものにしてあげたくて飛びついた本『ママと赤ちゃんのぐっすり本「夜泣き・寝かしつけ・早朝起き」解決ガイド』を読むと、このことは「シャンパンタワーの法則」で説明されていました。
シャンパンタワーの一番上のグラスが保育者である自分、その下が家族、その下が友人や同僚、一番下が他人で、一番上の自分のグラス=心が満たされてから初めてその下の家族のグラスを満たすことができるようになる、と。
シャンパンタワーの一番上の自分に、なみなみとシャンパンを注ぐ。
そしてその満たされた自分が反映された世界を目にしていく。
先日投稿した「ブログを書く理由」とも通ずるところがあります。
占星術を伝えるわたしが笑っている。目の前のあなたも笑っている。
次の11月の誕生日を迎えると40歳になるので、40代の10年のテーマをそろそろ決めようと思っていたところです。「シャンパンタワーの法則」をそのテーマに織り込むのもいいなと思う今宵でありました。